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| 2020.01.26 Sunday | - | - |
東京フィルメックス2011 検証
今年の東京フィルメックスが閉幕しました。

私は結局、前売券争奪戦に敗北した
アミール・ナデリ監督、西島秀俊主演の 『CUT』 は、見逃す結果となりました。
夜の上映であっても、当日券の販売は朝からなので、考えた末に諦めました。
やらなきゃならない仕事もあったし、風邪気味で体もダルかったし。
ま、そんな風に呑気でいられるのも、一般公開が控えているからなんですが。

今年は、コンペティションの作品を ほとんど観られなくて残念でしたが、
それでも、ナデリ監督の 『ベガス』 を観られただけでもラッキーで、十分満足しました。
(プレイベントでの上映でしたが、私にとっては これもフィルメックスの一部です)
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| 2011.11.27 Sunday | 2011 voice | comments(0) |
ニーチェの馬
東京フィルメックスのコンペティション部門で上映された
タル・ベーラ監督の最新作 『ニーチェの馬』 を観ました。

ベルリン映画祭で銀熊賞(審査員特別賞)を受賞した本作は、
監督自ら 「最後の作品」 と公言しています。
今回の上映では、監督が来日してQ&Aがあるということで、
「これは、なんとしても観に行かねば!」
と前売券を買って、上映日を楽しみに待っていました。
他の人も同じことを考えていたようで、会場は平日にも関わらず満席でした。

さて、この映画について感想を書こうとしても、うまく言葉が出てきません。
一言で言い表せるような作品ではなく、難解な映画であることは確かです。
もはや、ストーリーがどうのこうのという映画ではありません。

監督の特徴である長回しは、もちろん本作でも多用されてます。
寒々とした荒野にポツンと建つ 小屋のような石造りの家。
そこに暮らすのは、片腕が不自由な老人と、覇気のない女、それと 馬が一頭。
外は毎日暴風が吹き荒れ、砂嵐がひどくて 遠くは霞んで見えず、
ただ見えるのは 風に揺れる枯れた樹木が一本。
老人と女は、髪はボサボサ、服はボロボロ。 家の中は暗く、暖房もない。
二人の会話は乏しく、無表情。(時折、怒ることはある)

上映開始から10〜15分の間、会話が一切ありませんでした。
また、老人と女の関係性も、中盤までハッキリしなかった。
(女にいたっては、年齢不詳といった風貌だし)

夢も、希望もない。 かと言って、絶望しているわけでもない。
もっと言ってしまえば、彼らには生気がない。 生きがいも、目標もない。
窓辺に佇む姿は、日が経つにつれ、亡霊のようにも見えました。

そんな彼らの単調で代わり映えしない毎日のルーティンが、
物悲しくも美しいモノクロの映像で、延々と繰り返し映し出されるのです。
アングルを変えながら、極限まで抑制された世界観と共に。

「繰り返す」 といえば、音楽も同様で、
弦楽器とオルガンの重厚かつ陰欝な旋律が、何度も何度も繰り返されます。
あとは、暴風 吹きすさぶ音が、来る日も 来る日も 続くのです。

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| 2011.11.24 Thursday | 2011 movie | comments(0) |
ションベン・ライダー

 東京フィルメックスの特集上映
 “ 相米慎二のすべて ” で
 『ションベン・ライダー』 を観ました。

 大ヒット作 『セーラー服と機関銃』 の後、
 1983年に撮られた青春冒険活劇です。


相米監督作品の中で 私が観たことがあるのは、
浅野忠信×小泉今日子主演の 『風花』 くらい。
でも、残念ながら、この作品が遺作となってしまいました。

仕事で観たこともあってか、詳細はあまり覚えていない。
ただ、全体的に静かな映画だったことと、主演の二人の存在感、
「風花」 の意味が語られるシーンは 記憶に残っている。

『風花』 と 『ションベン〜』 とでは、
同じ監督が撮ったとは思えないほど、テイストも テンションも まったく異なる。
そして今回、『風花』 が相米作品の中では 異色作であることを知ることとなる。
相米監督が 「奇才」 といわれる所以、ようやく分かったような気がします・・・

『ションベン〜』 について、凄い映画か 否か?と問われれば、凄い映画だと思う。
だけど、好きか 嫌いか?と尋ねられたら、「好きではない」 と答えるだろう。
こればかりは、好みの問題なので。(激情型の映画は苦手なんです・・・ 疲れるから)

ただ、当時としては、相当 奇抜(奇天烈?)で大胆な作品だったのでは?
そういう意味では凄いと思います。 フィルムから パッションが ほとばしる感じ。
映画人を唸らせるものを持っていますよね。
私を疲れさせる要素も 盛りだくさんでしたが(苦笑)
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| 2011.11.22 Tuesday | 2011 movie | comments(0) |
ガソリン生活
朝日新聞の夕刊で、伊坂幸太郎の小説の連載が 22日(火)からスタートするとか。
舞台は 伊坂作品ではお馴染みの仙台、主人公は なんと 車(!?)
なにやら面白そう!

新聞の連載小説って、今まで好みのものが あまりなかったのですが、
ひとつだけ読み続けていたのは、数年前 夕刊に掲載されていたもの。
タイトルを忘れてしまったので、
記憶にあるキーワードを頼りに WEB検索をしてみました。

藤野千夜・著 『親子三代、犬一匹』

東京の下町・谷中に、祖母、母、姉、マルチーズと暮らす
小学6年生の少年が主人公の小説。
地元の小学校から中学受験して 私立の男子校に進学した少年が、
初恋相手の美少女と離れ離れになって 悶々とする話です。

伯父さんの影響で弾き始めたギターで、彼女への自作ラブソングを歌ったり、
小学6年生にしては、ませたところのある話だったけど。
谷中は土地勘がある分、町並みをイメージしやすく、
ご近所の子供の様子を見守るおばちゃん気分で、毎夕 楽しく読んでいました。
| 2011.11.21 Monday | 2011 voice | comments(0) |
東京フィルメックス2011
この頃は、美容院に行く時間があったら 映画を観に行きたい、
化粧品を買うお金があったら 映画を観たいと思ってしまう・・・
そんな女子力低下の一途をたどっている saka.m です。

それでも、世の “ 映画好き ” といわれる人は、年間 数百本単位で観てるでしょうから、
私なんぞは まだまだ青二才で、映画が趣味だなんて とても言えたもんじゃございません。

さて、今年も東京フィルメックスの季節がやってまいりました!
いよいよ 今日から開幕です。
とりあえず、確実に観に行ける日の前売券だけはおさえました。

そうそう、いつの間にか、チケットぴあ店頭でも
「発券手数料」 をとるようになったのですね。
久しくチケットを購入していなかったため、浦島太郎状態でした。

105円だし、大した金額ではないのだけれど、前売で手数料をとられると
当日券との差があまりなくなって、おトク感も減るような気がします。
ケチだと言われようとも、やっぱり安く観たいのです。
その分、本数をたくさん観られるから。

それはさておき。
コンペティションの他に、今年は相米慎二監督作品の特集上映があって、
永瀬正敏のデビュー作 『ションベン・ライダー』 も上映されるんです。
永瀬さんのトークショー付きなので、ぜひとも観たい!と思ったわけですが。

チケットぴあの店員さん(=若いお姉さん)は、発券の際に確認として
公演名(=映画のタイトル)を大きな声で読み上げることを あらかじめ知っていたので、
ぴあのカウンターで買うのを躊躇してしまいました(苦笑)
お姉さんだって読むのは嫌でしょうし、私だって恥ずかしいもん。

特集上映のチケットに関しては、劇場窓口でも販売があることから、
東銀座の東劇まで買いに行ってきました。
そこで見せられた座席表から、ちょっとした情報を入手。
やっぱり劇場で買って正解でしたわ。 
発券手数料もとられないしね(笑)
| 2011.11.19 Saturday | 2011 voice | comments(0) |
翻訳本の壁
『わたしを離さないで』 を読み始めて、スグに思い出したこと。
それは、「翻訳モノが苦手」 ということ。
(外国の作品を久しく読んでいなかったので、忘れてたんです。苦笑)

小説の翻訳って、難しいと思います。
単純に日本語に置き換えればいいものではないし、
かと言って、意訳をしちゃうと著者に対して無礼になるし。

原作が持つニュアンスであったり、文体の美しさみたいなものを残しつつ、
日本語の表現にピッタリと当てはめていく作業には、文章力も必要になってきます。

それを理解し、翻訳者に敬意を表した上で、発言させていただきますと、
『わたしを〜』 には、受け入れがたい台詞が いくつも出てくるのです。

「今どき、そんな言い回しはしないでしょ!?」 というような言葉。
『わたしを〜』で言えば、10代の女の子が 彼氏を小バカにして言う
「○○坊や」 とか、「おばかさん」 とか。
女子中高生は、こんな風に言わないっしょー!?

「坊や」を使っていいのは、80年代にブームになった 「エマニエル坊や」 か、
山口百恵の 『プレイバック part2』 の歌詞くらいです!(笑)

映画の字幕でも、同じように 古臭い言い回しが使われることは多々ありますが、
それでも 映画の場合には 映像という視覚的表現の方が強いため、
比較的 受け流すことができ、まだマシなのです。

あっ、でもでも、映画の字幕は文字数に制限があるから、
部分的にしか訳してなかったり、短いフレーズの訳を選んだり、
っていうのがあるので、どっちもどっち?かな。

| 2011.11.17 Thursday | 2011 voice | comments(0) |
わたしを離さないで
カズオ・イシグロの世界的ベストセラー 『わたしを離さないで』 を読みました。

NHK 『週刊ブックレビュー』 で紹介された時から、ずっと気になっていた小説です。
児玉清さんが司会をしていた頃ですから、かなり前のことだと思います。
(当時、児玉さんも本書を高く評価していたように記憶している)

最近 映画化されましたが、原作を読むまで 映画は観ないでおこうと決めてました。
そしたら、なぜ早く読まずに、今日まで引き延ばしてきたか?
それは、あらかじめ 「話の内容が暗い」 ということだけは分かっていたから。
終わってから気持ちが沈むような作品は、鑑賞するタイミングが難しいのです。


 舞台は、イギリス。介護人である31歳の女性が
 施設で過ごした子供時代から現在までを
 回想する形で書かれています。
 各場面は、随分と事細かな情景描写と共に
 淡々と語られていくのですが。

 著者が何を表現したいのか、
 何を伝えたいのか、私は ちっとも掴めず。
 説明的な文章が延々と続き、
 グイグイ引き込まれるものも特に無く。


というのも、本書には 大きな謎があり、それが物語のベースになっています。
書評や、他の人の感想には、その真実に対する衝撃が語られているのですが、
私は早いうちから薄々気づいていたため、大して驚きもなく・・・。
(ていうか、少し想像力を働かせれば、容易に推測できると思うのですが??)

著者も、その謎解きが 小説の本題ではないと言っています。
確かに、謎は 物語の中盤くらいで明らかになりますし。

(以下、ネタバレあり)
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| 2011.11.17 Thursday | 2011 voice | comments(0) |
サウンド・バリア
前回から引き続き、アミール・ナデリ監督の特集上映の話です。

ナデリ監督作品 2本目は、『サウンド・バリア』
ベガス』の前、2005年に撮られた作品です。

聾唖の少年が、ラジオDJだった亡き母の放送が録音されたカセットテープを
探し求めて奔走する姿と、音のない世界を モノクロ映像で映し出した作品。

ナデリ監督が上映前の挨拶で、「これは難しい作品です」 と言っていたけれど、
確かに 実験的な要素が盛り込まれており、
難解というよりは 挑戦的・挑発的に感じました。

少年が、貸し倉庫でテープを探すシーンがあるのですが、
延々と探すシーンが続き、これでもか!ってくらいに、しつこい(苦笑)
普通、「ずっと探し続けている」という体(てい)で、途中経過は省くものですが、
ナデリ監督は省略をしないんです。
逆に言えば、省略したらナデリじゃない、というか。
(だからと言って、ドキュメンタリー風の撮り方をするわけではない)

少年は苛立ちを隠せなくなり、テープが入った箱を次々にぶちまけていきます。
室内も、テープも、ケースも、メチャクチャに ぶち壊していく。
執念、執拗、破壊、憤り、アグレッシブの連続。
とにかく、激しい。(そして、長い)

東京フィルメックスの市山さんと黒沢清監督のトークショーでも
話題に上がっていましたが、初期のナデリ監督作品は
バイオレンス・アクションだったというのも、なるほど 頷けます。

いよいよ観客のイライラもピークに達して、少年の苛立つ心理とシンクロするという
擬似体験っぽい状態になるのかもしれませんが、猛烈な苦痛を強いられました。
激情型の少年の行動は 正気を失っていて、観ている側はストレスが溜まります。

音のない世界と 街の騒音を、交互に切り替えて入れていく手法も、
実験的な面白さはあったけれど、轟音の騒音という不快感から逃れられず、
長くなればなるほど、耳も 心も しんどくなってしまいました。

亡くなったお母さんが自分のことをどう語っていたのか
聞きたいけど聞くことができない、
その少年のもどかしさは、十分に表現されていました。
また、感情を視覚化しようと、果敢に試みたことも評価したいと思います。

しかしながら、個人的な好みで言えば、この作品は受け入れられませんでした。
実際に殴り合うシーンは皆無だけれど、一種のバイオレンス映画ですよ、これは。
音と映像の暴力と言いましょうか、凶暴性を感じられました。

ナデリ監督が矢継ぎ早に投げかける 視覚的・聴覚的な効果に対して、
体が 本能的に拒絶反応を起こすんですよね。
そう考えると、監督は この作品で もの凄い実験を試みたわけですが。
『サウンド〜』 は、実験的なイメージ・フィルムといった印象がしなくもないです。
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| 2011.11.12 Saturday | 2011 movie | comments(0) |
ベガス
アミール・ナデリ監督の最新作 『CUT』 の公開記念と
東京フィルメックス開催前の プレイベントとして、
2日間限定で過去の2作品を上映する“ ビバ!ナデリ ”@渋谷が開催されました。

ナデリ監督はイラン人で、元々はイランで活動していましたが、
現在はニューヨークに拠点を移し、
最新作の 『CUT』 は全編日本で撮影されました。
今回の特集に合わせて再来日し、
上映回ごとに舞台挨拶をするという出血大サービス(?)
監督は、日本風に表現するなら
「人のいい陽気なおっちゃん」 といった感じです(←失敬!)

さて、私にとっての初ナデリ作品1本目は、実話を元に撮られた 『ベガス』 。
ラスベガスの小さな家に暮らす 父・母・息子の3人家族が、
お金にまつわる出来事をキッカケに
日常生活や家族の歯車を狂わせていくという話です。

いやあ〜、久々に 映画の中にどっぷり入り込んでしまいました。
終わった瞬間に、「もう一度観たい!」 と思いましたもん。
これがね、まったくもって よく出来た作品なんです。

まず、なんと言っても、物語が本当によく出来ていて。
実際にあった話に基づいているというのが、信じられない。
さらには、出演者に俳優を使っていないそうですが、
セリフも 表情も、とても自然。
(これは、イラン映画によく見られる手法ですね)

あと、ラスベガスという土地がね、舞台として完璧。
ラスベガスって、砂漠の真ん中に突如そびえる
“作り物の街” って感じがしますよね。
ギャンブルという天国と地獄が同居する、虚構の世界というか。
その街の近郊で、砂埃にまみれて
ギリギリの暮らしをしてるっていう設定がね、最高の演出。

映画の中の風景や、乾いた風、砂埃に、リアリティと郷愁を感じたのは、
私が15年前に ラスベガスとよく似た風景のアリゾナで暮らしていたことが
強く影響しているに違いなく、その分 映画の中に入り込んでいたのだと思います。
だから、他の人がどのように感じたかは分からないのだけれど。

映像の撮り方、カットや音の入れ方といった編集、
すべてにおいて上手い。 映画として、完成度が高いんですね。
人間の愚かさとか弱さを、見事に浮き彫りにしてる。
インディーズ系映画だけど、エンターテイメントとして成り立ってるし。

もう、一気にナデリ監督のファンになってしまいました。
この映画に出合えて良かった!
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| 2011.11.12 Saturday | 2011 movie | comments(0) |
海炭市叙景
撮影時から公開を楽しみにしていた 映画 『海炭市叙景』

しかし、一年前に公開された時期には、プライベートな事情から観ることができず、
また、そんなテンションでもなかったのですが。

偶然にも、観に行こうと思っていたアミール・ナデリ監督の特集上映をする映画館で、
海炭市叙景』 の DVD発売記念の上映があることを知り、居ても立ってもいられず。

そんなわけで、1日に複数の映画を観るのが好きではない私にしては珍しく、
1日に3本という強行に出ることに致した次第でございます。


 例によって、事前に最低限の作品情報しか
 入れないようにしていたため、始まってから
 オムニバスタッチの群像劇であることを知りました。

 群像劇と言っても、登場人物たちに
 密な接点があるわけではありません。
 ちょうど 先日読んだ 『終末のフール』 のように、
 同じ地域(この映画で言えば、海炭市)に暮らす人々の
 悲喜こもごも、といった感じです。


最初と2番目のエピソードの撮り方が わりと好みで、前半はグッと引きつけられたのですが、
元々の本命(?)だった 小林薫さんや 加瀬亮クンが出てきた中盤あたりで、
なんとなく (自分の中で)中だるみしてしまいました。
2人とも いい演技をしていたし、なんでだろう?

軽く自己分析してみたところ、おそらく この2人が出演していたエピソードに
海炭市らしさが あまり反映されていなかったからかな?と。

登場人物は皆、虚無感を抱えていて、時折 心の隙間に 冷たい風が入り込む。
そこには、北国のどこか寂しさ漂う海炭市の風景が ピッタリとマッチするのです。

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| 2011.11.12 Saturday | 2011 movie | comments(0) |
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