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きもの1

 幸田文 最後の長編 『きもの』 を読みました。

 観終わった後で 「もう一度観たい!」
 と思う映画は たくさんあったけれど、
 本作のように 読み終えてスグに
 「もう一度読みたい!」 と思った小説は、
 ミステリー以外だと ほとんどありません。

 そのくらいに新鮮な感動がありました。


感想をコンパクトにまとめようと思ったのですが、
書きたいことが多すぎて、ちっとも まとまりません。
(今月初旬には読了していたのに、ブログを書くのに随分時間がかかってしまった)
卒業論文のテーマ、本作にすればよかったと後悔するくらいです(苦笑)

もっとも、ハタチやそこらで読んでいたら、
これだけ感動できていたか、定かではありません。
そうなんです、この作品を読むタイミングというのに、
何か不思議な縁のようなものすら感じているのです。

というわけで、何回かに分けて感想を書いていこうと思います。
まずは、先に挙げた この本を読むタイミング(経緯)の話から。
伊坂幸太郎の 『終末のフール』 を読むも
なんとなく不完全燃焼で、
その次に読んだ カズオ・イシグロの
わたしを離さないで』 も 消化不良気味で。
ちょっと違うテイストの小説が読みたくなり、
手に取ったのが、幸田文でした。

幸田文といって、真っ先に頭に浮かぶのは、
娘の青木玉さんが書いた随筆 『小石川の家』 。
離婚して実家に戻った母・幸田文と、
祖父・幸田露伴との暮らしを綴ったものです。
さすがは文豪の血筋を引いているだけあって、
文章力は確か、表現力も豊か、
ユーモアもある秀作です。

ドラマ化された際には、露伴を森繁久弥、
文を田中裕子、玉を田畑智子が演じ、
それぞれが見事なハマリ役でした。
(原作と同じくらい、私はドラマも好き)

『小石川の家』 を読んだのは、
かれこれ10年以上も前のこと。
当時、私は 女性向け某情報誌の
編集ライターをしていました。
読書の秋、「著名な女性の生き方を学ぶ本」
といった主旨の巻頭特集が組まれました。
何人かの女性がピックアップされ、
その中の一人が 幸田文だったのです。
私は、彼女の生き様が書かれた随筆を読み、
原稿を書くことを課題とされました。
(他には、白洲正子と、もう一人くらい
原稿を書いたのだけれど、まだらボケで忘れました)

この特集の面白かったところは、
女流作家の小説を薦めるのではなく、
人生観が表れたエッセイをオススメする、
という切り口だったこと。
それゆえ、私はその時、
幸田文の作品を読むことはなかったのですが、
小説をも読んだかのように錯覚したまま、
何年も経ってしまったのでした。

(つづく)
| 2011.12.19 Monday | 2011 voice | comments(0) |