希望のかなた
アキ・カウリスマキ監督の最新作『希望のかなた』を観ました。

先日の『パーティで女の子に話しかけるには』が
どうも消化不良というか、後味が良くなくて。
それでいて、インパクトあるシーンが頭にこびりついていて。
(逆に、それだけ記憶に残るって、すごい映画かも!?)

だから、自分のテイストに合う作品を観て、
リセット&上書きしたくなったのです。

本作は、今年のベルリン国際映画祭で監督賞を受賞した作品。
前作『ル・アーヴルの靴みがき』から始まる“港町3部作”。
シリーズ名を“難民3部作”に変え、本作はその2部になるそうで。

(なのに、監督は引退したい意向を発表していて。
 シリーズ全部撮りきってないのに、引退しちゃダメじゃん!)

いやあ、久々に 観賞後に感情が言葉にならないというか、
この感動を言葉に変換したくないと思った作品でした。

カウリスマキ作品の好きなところは、過去にも書いているので省略しますが、
これまでのテイストを残しつつ、社会派として主張や問題提起も打ち出しています。

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 シリアからフィンランドに逃れてきた
 難民の青年カーリド。
 (妻夫木聡と山田孝之を足したような顔)

 妻と別れ、洋服卸の仕事も辞め、
 レストランの経営者として心機一転を図る
 フィンランド人の中年男性ヴィクストロム。

 接点のない二人の人生が、
 ひょんなことから交差します。


祖国のシリアでも、フィンランドまで逃げてくる間も、
フィンランドに入国してからも、ずっと不遇続きのカーリド。
見ていて、やるせない気持ちになるんです。
だからこそ、ヴィクストロム達の存在に救われるんです。

ヴィクストロムをはじめ、レストランの従業員たちは
みんな無表情だし、多くを語らないし、
あまり他人に関心がないように見えます。
しかし、実は 心優しく、慈悲深い人たちなんですね。

こういう映画を作るカウリスマキ監督って、
ものすごくいい人なんじゃないかしら!?と思ってしまう。
作品から慈愛が滲み出ている。

でもね、直球じゃないんですよね、その表現が。
ちょっとシニカルなシーンだったり、
ちょいちょいユーモラスなシーンを入れてくる。
シャイ、なんですかね?
ま、そういうところも好きなんですけれども。

あと、今回も監督の親日家っぷりが堪能できます。
(日本人なら笑えること間違いなし!のシーンあり)
そして、音楽とか色合いとか、カウリスマキ作品には
なぜだか70年代の昭和歌謡のような哀愁が漂います。

ラストシーンだけ、ちょっと疑問が残りました。
「え、どういうこと? どっちなの??」と。

本作の原題は 「The other side of hope」
直訳すると「希望の別の面」 つまり、希望の裏に潜むもの。

この映画で伝えようとしていることを考えると、
タイトルは原題の方がしっくりくるような気がします。

| 2017.12.08 Friday | 2017 movie | comments(0) |
パーティで女の子に話しかけるには
映画『パーティで女の子に話しかけるには』を観ました。

邦題が原題の直訳そのまんま、という珍しい洋画。
(でも、このタイトルは本編と関係あるような、ないような)

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 48時間後に自分の星に帰らなければならない
 女の子・ザン(エル・ファニング )と、
 パンクが大好きな男の子・エン
 (アレックス・シャープ)の恋物語。

 観ようと思ったキッカケは、
 新聞に載っていた監督のインタビュー。

 映画『マレフィセント』で魅力的だった
 エル・ファニングが演じる
 異星人も見てみたかったし、
 好奇心そそられて。


それで、観たわけですが。
好きか、嫌いか、と訊かれたら・・・う〜ん、好きではない、かな。
こういう世界観は、好みが分かれると思います。

私は、不思議でファンタジーな世界観を期待していたんだけど、
実際はテイストが違いました。
グチャグチャしたカオス状態で、アクが強くてガチャガチャしてる。
(上記のメインビジュアルに騙されるべからず!)

アナーキーなパンクに、エログロ・ナンセンスとシュールを混ぜて、
精神世界を少々加えて、そこからピュアを抽出しようとした感じ?
しっちゃかめっちゃかなのは、いいんですよ、別に。
だけど、支離滅裂なところは消化不良気味でした。
そこは「不条理ってことでOK」とはいかなかったです、私は。
なんか、監督がいくつか温めていたアイデアを
強引に一つの物語にまとめようとした気がしてならないんですよね。

ザンとその仲間たちが宇宙人だということは、
あらかじめ その設定を知っていたから解ったけれど、
それがなかったら、いまいち解らなかったかもしれない。
だって、彼らの話は、チンプンカンプンで理解不能だから。
(逆に、エンは、よく彼女の話を理解して、すんなりと受け入れたものだ)

そもそも、彼らは何の目的のために地球にやってきたの?
(別に、来ても来なくても、どっちでも良かったんじゃないの??)
彼らの行動は、奇妙で奇怪で謎だらけ。
特に、ある行為とその結果は、何を意味していたのか?
カラフルで奇抜なコスチュームやシュールなダンスも面白いんだけど、
どうも宇宙人っぽくないというか。 SF感がゼロなんです。

そうか、SF感がないから、なんか しっくりこないのか!
だから、エンの友達が言うように、
「怪しいカルト集団(=地球人)」のように見えてしまう。
さらには、時々 雑技団だったり、ただのコスプレ集団だったり(苦笑)

そんなこんなで、私が出した結論。

「パンクとファンタジーは融合しない」

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| 2017.12.06 Wednesday | 2017 movie | comments(0) |
舟を編む
映画『舟を編む』を観ました。

好きな俳優さんばかり出てるし、ずっと観たいと思いながら、
観る機会がないままだったんです。(ちなみに、原作の小説は未読)
『広辞苑』のような大型の新しい辞書『大渡海』を編纂する人々のお話です。

本作が公開されるまで注目されることのなかった「辞書を作る」という仕事。
辞書の編纂には、途方もない年月がかかるということ。
掲載する言葉を選定するところから、
一つ一つの意味をどう説明するか、という問題。
それらは、公開時にも話題になりましたよね。

でも、それ以上に私が感動したのは、辞書編集部のセットです。
美術さん、ものすごく大変な仕事をしてます!

あと、元・雑誌編集ライターの立場から言わせていただくとですね、
第五校まで校正するなんて、考えられない!です。
しかも、雑誌じゃなくて、(広辞苑レベルの)辞書でしょ!?
うわ〜、想像しただけで発狂しそう(苦笑)


 松田龍平演じる馬締(まじめ)君と
 宮あおい演じる香具矢(かぐや)さんの
 出逢いから、その後の展開とか。

 後半、『大渡海』編集部が
 助っ人達で大所帯になった時に、
 誰一人として不平不満を漏らさず
 一丸となって出版を目指すあたり。

 多少 出来すぎた感はありましたが、
 なかなか見応えのある佳作でした。
 さすが、日本アカデミー賞を
 獲るだけのことはあります。


あと、オダギリジョーが辞書編集者の一人として出ているのですが、
同じ編集者でもドラマ『重版出来!』の五百旗頭さんとは大違い。

当たり前だよ、違う役なんだから。
辞書の編集と、マンガ誌の編集でも大違いなわけだし。

・・・と、頭では解ってはいるのだけれど、
五百旗頭さんファンとしては複雑な心境なわけですよ。

その役柄の違いについては、オダギリさんがインタビューで答えているので、
よろしければ、どうぞ。 ⇒ 

五百旗頭さん、やっぱりステキ〜☆
| 2017.11.23 Thursday | 2017 movie | comments(0) |
世界から猫が消えたなら

 オンデマンドで
 『世界から猫が消えたなら』を観ました。

 普段なら、あまりチョイスしないジャンル。
 選んだ理由は、佐藤健君と
 宮あおいちゃんの演技が観たかったから。
 それと、配信終了日が近づいてたから。
 あとは、なんとなく泣きたかったのかな。

 でも、自分でも意外なくらい冷静に
 フラットな気持ちで観ていて、
 切なかったけど、涙は流れませんでした。


なんでかな。
ファンタジーの要素が強かったからかな。

なんだろうな。
そこに有る無償の愛の尊さに、自分のエゴを恥じたのかもしれない。

そうそう、脚本が岡田惠和さんだとは知りませんでした。
もっと、ちゃんとセリフを意識して観ればよかった。

あと、本編よりも、エンドロールで HARUHIが歌う主題歌
『ひずみ』が流れた時の方が、涙腺はヤバかったかも。

決して巧い歌い手だとは思わないけど、歌声に意志の強さを感じる。
ちょっとCoccoっぽいかな、歌い方が。
(そして、小林武史のメロディー、ずるいよね)


| 2017.11.04 Saturday | 2017 movie | comments(0) |
三度目の殺人
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 勝手に2本立ての2本目は、
 是枝裕和監督の最新作
 『三度目の殺人

 主演は、福山雅治、
 役所広司、広瀬すず。


どうしても、これの前に観た『散歩する侵略者』と比較してしまうわけですが、
こっちの方が良かったです、私的には。

そして、そうなると、どうしても「黒沢VS是枝」のようになるわけですが、
是枝監督の方に軍配をあげたくなりました、私的には。

何が真実で、何が正論で、何が正義なのか。
真相を明らかにすることが、本当に幸せなことなのか。
答えが出せないままに終わるラストも、是枝監督らしいというか。

知らずに観たのですが、本作には 斉藤由貴が出ているのですね。
まあ、先の不倫報道があったせいで、発言がすべて嘘に聞こえてしまい、
それが役と同化して、逆に映画に絶妙なリアリティを与えてしまった、
という監督もビックリの効果あり、でした(苦笑)
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| 2017.10.25 Wednesday | 2017 movie | comments(0) |
散歩する侵略者
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 勝手に2本立ての1本目は、
 黒沢清監督最新作
 『散歩する侵略者

 主演は、長澤まさみ、
 松田龍平、長谷川博己。


いやあ、ちょっとガッカリ・・・でした。
何なんでしょう、このB級感は?
メジャーな俳優を集めたのに、なんだか自主制作した映画っぽい。

えーと、黒沢監督、真剣に撮って・・・ますよね?
もう、いっそのこと、「ふざけちゃいました!(テヘペロ)」
と、おどけて言われた方が、まだ救われる(涙)

たぶん、まず設定に B級感が漂ってる気がするんですよね。
宇宙人が地球を侵略するっていう話なんだけど、
なんでターゲットが日本だけなのよ?っていう(苦笑)

そしたら、この映画って、もともと舞台の作品が原作としてあるそうで。
ああ、それなら納得。 舞台という限られた空間で描くのであれば、
むしろミニマムな世界の方が、人物の心理描写が生きてくる気がするから。

ところが、これが映画となると、一気にチープになるというか。
その他、とにかく「なんで、そうなるの!?」とツッコミどころ満載で。

私、黒沢監督のオリジナル作品の方が好みなのかも。
(まあ、全部観てるわけではないので、偉そうなこと言えないけど)

ここ数年の原作ありきで撮られた
クリーピー 偽りの隣人』『岸辺の旅』は、いずれもグッとこなかった。

あ! でも、映画じゃないけど、『贖罪』は良かった。
(だけど、それは原作が 湊かなえだったから、かな・・・)
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| 2017.10.25 Wednesday | 2017 movie | comments(0) |
パターソン
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 先日、ジム・ジャームッシュ監督の
 『パターソン』を観ました。

 パターソンという街に暮らす
 パターソンという名のバス運転手の
 平凡で変わり映えはしないけれど、
 愛情に溢れた一週間を描いた物語。

 ※あらすじは公式サイトをご覧ください。


予告編を観ると、何かが起こりそうな気配を漂わせていますが、
重大な事件が起こることはない、静かで穏やかな映画です。
(予告編の作り方は巧いけれど、これだと誤解されそう)

非常にシンプルな作品なのですが、映画が終わった時、
皆さんが寄せているような感想を持たなかった私。
なんだか、すごく考えてしまった自分がいて。
どうも単純に幸福感を味わう余裕がなかったというか。

なぜかしら?と、鑑賞後に考えてみました。
行き着いた答えは、主人公のパターソンが綴る詩が原因ではないか、と。

彼の趣味は、詩を書くこと。
毎朝 職場に着いてからバスが出るまでのわずかな時間や、
帰宅してから地下の小部屋でノートを開き、日々の想いを詩に綴ります。

その時、スクリーンの左上には彼が綴るスピードで
詩がテロップのように表示されます。(もちろん英語で)
そして、スクリーンの下部には、日本語の字幕が出ます。

この映画に登場する人物が、こんなことを言います。

「詩の翻訳は、レインコートを着てシャワーを浴びているようなもの」

なるほど、言い得て妙です。

翻訳した文章って、何が書かれているか、内容を理解することはできる。
でも、原文が持つニュアンスとか、余韻とか、リズムとか、韻の踏み方とか、
そこから生まれる情景みたいなものは、ダイレクトには伝わらないですよね。
(日本語の俳句を英訳した時の味気なさも然り)

本作で私は、まず英語の原文を読み、日本語字幕を後追いで読み、
その詩が表現しようとしていることを想像してみる・・・
という作業を繰り返していたみたいなんですね。

しかも、その詩が単純明快なものであれば問題なかったのですが、
解るような 解らないような内容だったものですから、
余計に脳ミソを使ってしまい、映画の世界観を楽しむ以前に
くたびれてしまったのかな、というのが自己分析の結果です。

分析結果はこのくらいにして、映画の感想も少し。

パターソンと妻のローラは、それぞれ趣味で芸術活動をしています。
パターソンは詩を書き、ローラは家の中をペインティングしたり、
ギターを買ってもらってカントリー歌手を目指そうとしたり。
この二人、キャラクターは正反対なんだけど、お互いの才能を認めていて、
付かず離れずの距離感が とってもステキだな、と思いました。

決して裕福ではないけれど、精神的な豊かさがあるから、
彼らはとても幸せそうに見えるのです。
その証拠に、二人が日々の暮らしに不平不満を言うシーンがない。
無理したり、何かを我慢している様子もなく、二人の日々に満足している。
それって、素晴らしいことだと思います。
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| 2017.09.17 Sunday | 2017 movie | comments(0) |
東京日和
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 先日記事を書いたことで、
 映画『東京日和』を
 もう一度観てみよう、
 という気持ちになりまして。

 久しぶりに観てみました。


この映画を初めて観た時にも感じたのだけれど、
主人公の妻・ヨーコ役の中山美穂が、ちょっと・・・

この映画の要は、なんといってもヨーコです。
彼女の少し危うさをはらんだ神秘的でさえもある美しさに
リアリティーがないと、始まらない作品だと思う。

その点、中山美穂の外見は十分にクリアしています。
ただ、「その点だけ」というか、それ以外は・・・

さらに、撮影からだいぶ時間が経過した今観ると、
中山美穂の私生活のゴタゴタやら、余計な情報が邪魔して、
「ヨーコ」ではなく、「中山美穂」を見ているような感じで。

例えば、宮沢りえだったら?
(映画『トニー滝谷』で、既に似たような役は演じてるか)

例えば、麻生久美子だったら?
(映画『たみおのしあわせ』で、謎めいた美人は演じてるか)

と、空想キャスティングが始まってしまいました(苦笑)

あと、この作品にはいろんな人がカメオ出演しているのですが、
結構忘れている場面が多かったです。

主人公・島津が、地下鉄の電車内で向かいに座っている
軍服姿の怪しい男を隠し撮りするシーンがあるのですが。
その男が塚本晋也監督だったことはうっすら覚えていたけれど、
それに文句を言いにくる女は、ふせ(えり)さんだと思い込んでた。
(正解は、山口美也子さん)

あと、周防正行監督が郵便配達人だったり、
中島みゆきがママのスナックで島津と飲んでる相手が、
森田芳光監督だったり。
ベンチで本を読んでる青年が、浅野忠信だったり。

下北の小劇場スズナリで、入場待ちで並んでいる時に
島津のファンだと近づいてくる若い女の子役が、
内田也哉子さん(注)だったり。
(注:内田裕也& 樹木希林の娘で、本木雅弘の奥さん)
そして、也哉子さんの喋り方や声が、
映画『あん』に出演していた娘の伽羅ちゃんと
そっくりで、これまたビックリ。

それにしても。
大貫(妙子)さんの主題歌は、切ない。切なすぎる。
観賞後、この曲に感情が持っていかれてしまっていて、
どうにも表現できない制御不能なこの気持ち、
どうにかせねばと思うのですが、どうにもできそうにありません。
| 2017.08.14 Monday | 2017 movie | comments(0) |
クリーピー 偽りの隣人
黒沢清監督の『クリーピー 偽りの隣人』を観ました。

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 監督やキャストに期待していただけに、
 イマイチだったかな・・・

 予告や宣伝用ポスターに
 「あの人、お父さんじゃありません。
 全然知らない人です。」とあるので、
 隣人の父娘が本当の親子ではないことは
 観る前から明らかで。

 「衝撃のサスペンス・スリラー」とあるけど、
 それほど衝撃はなかったし、ハラハラもせず。


なんか、描き方が浅かったり、不自然だったり、展開が甘かったりで、
後半で真相は明らかになるものの、なんだかなあ〜。

そういえば、ベルリン映画祭で上映された時、
会場から笑いが起きた、というエピソードを聞いたけど、
一体どこで笑ったのか、非常に気になりました。
そんな笑えるシーン、あったっけ??

あと、主人公の高倉夫妻が引っ越してきた家。
家の中のシーンは、セットじゃなくて、
本当の戸建住宅を使って撮ったのではないかしら?
トウキョウソナタ』に出てきた家と雰囲気が似てて。

キッチンとリビングの間に、柵のような木の装飾があって、
それが昭和レトロで素敵だなあと思って、記憶に刻まれたのです。
岸辺の旅』を見た時にも書きましたが、
黒沢監督作品に出てくるインテリアは、モダンでセンスがいい。

※以下、ネタバレあり

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| 2017.07.17 Monday | 2017 movie | comments(0) |
あなたと私の合言葉 さようなら、今日は

 市川崑監督の1959年公開作品
 『あなたと私の合言葉
  さようなら、今日は
』を観ました。
 注:「今日は」の読みは「こんにちは」

 「メロドラマ」というので、
 どんなに「メロ」なのかと構えてましたが、
 「メロ」なのは和田弘とマヒナスターズの
 主題歌だけだったかも(苦笑)

 (ところで、「メロドラマ」の「メロ」は
 「メロメロ」の「メロ」ではなく、
  ギリシャ語で「歌」を意味する
 「メロス」から来ているそうです)


さて、序盤のいくつかの場面を見て、小津監督を意識してるような気がしました。
設定なんかも小津作品に似ているし。(私の勘違いかもしれませんが・・・)

主演の若尾文子の抑揚のない台詞の言い方とか(ロボットみたいだった!)
勝気な関西弁の京マチ子が『彼岸花』の山本富士子とダブって見えたり。
おまけに、お父さん役が(小津作品では常連の)佐分利信だし。
妹のキャラが、今時の女の子でちょっと生意気ってところも、よく似てる。

ただ、(当たり前だけど)撮り方や演出が全然違う。
市川崑監督はモダンに撮るけど、小津監督のモダンは一味違う。
自分の美学が入り込んでる「ウルトラ・モダン」なのです。
(いわゆる「小津好み」)

映画の中で、父親(佐分利信)が和子(若尾文子)たちへのお土産に
銀座の「不二家」でお菓子を買って帰るシーンがあるのですが、
これ、小津監督だったら、もう絶対に「ユーハイム」ですからねっ!
(ユーハイムの包装紙の配色とデザインが好みだったから)
そういう細かいこだわりは、頑として譲らないのが小津スタイル。
いつも必ずユーハイム。(『彼岸花』でも手土産で出てきた)

そうそう、本作は小説が原作の映画なのですが、よくよく調べてみたら、
市川崑が久里子亭のペンネームで連載していた小説を自ら映画化した(!)そうで。
(なんなの、その遠回りな感じ? 笑)
だとしたら、やはり小津作品を意識して書いたのでしょうか??
(ちなみに、『彼岸花』の公開は、1958年)

そして、いろいろ調べていくうちに、真相を突き止めました!
キネマ旬報社から出版された『女優 若尾文子』によると、
本作は市川崑が尊敬する小津安二郎の映画を真似しようとして
企画されたものなんですって。(ほらね、やっぱり!!)

それはさておき、この映画のタイトル、ちょっと意味深ですよね。
映画の中で、特に合言葉が出てくるわけでもないのですが。

ラストシーンの若尾文子の表情、私は好きでした。

映画としては・・・
小津作品と比較してしまうと、どうしても劣って見えるかなあ・・・
ていうか、小津監督へのオマージュなんて、やらなくてもいいのに。
市川崑作品には、小津作品にはない素晴らしさが詰まっているのだから。

なんか、市川崑監督の映画の感想というより、
「小津安二郎考」のようになってしまいました、すみません(汗)

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| 2017.07.10 Monday | 2017 movie | comments(0) |
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